そういう日のこと
永遠に程よい空調。
カーテンの隙間から洩れる光。
ふいに暗くなり大雨の音に包まれる。
季節を失った心の、静かな静かな波。
やさしい尻尾が頬をなでる。
気がつくと、夢の底でみんな微笑んでいる。
天国に時間はないのに、悲しくなるのはいつだって明け方で、それは新芽のようにやわらかく踏みつけられる。
旅11 (2018/06/12 noteより)
5月22日 火曜日、目が覚めると真っ暗だったので、夜明け前かと思い時計を見たら、朝の9時半を過ぎていた。窓が遮光性に優れすぎている。
前の日に、電車の中で目星をつけていた江坂公園に行って、チェロを弾くことにする。
淀川に出ることも考えたのだが、日陰が無かったら楽器に悪い。江坂公園なら、さっと見てまわって、弾けそうな場所がなければすぐに諦めもつくし、公園内に図書館もあるようなので、楽しいだろう。
駅からすぐのところに、エクセルシオールがあった。コーヒーをテイクアウトカップで注文する。店内で少しゆったり飲んでから、残りを持ってお店を後にした。
江坂は、とてもローソンが多かった。少し歩くとローソン。また少し歩くとローソン。隣の通りにもローソン。
道幅のわりには背の高い建物がおおく、少し圧迫感はあるが、とても住みやすそうな、いい街だ。
江坂公園に行ってみると、予想外に綺麗な公園だった。植物がたくさんあり、噴水もあり、図書館の上もうまく利用した立体公園になっている。
階段を登って、上のほうへ行く。手入れの行き届いたガーデンがあった。植物で日陰も作られていて、ベンチもある。ベストポジションだ。風にのってハーブの香りもする。
ベンチに座ってみると、綺麗すぎて、逆に不安になってくる。こんなによく管理された公園、楽器演奏は怒られるんじゃないだろうか。
すぐ隣のベンチに、上品なおばさまが座った。ひとまずコーヒーを飲みながら、ツイッターをぽちぽちと打っていたら、ドラマーの石原雄治さんが有力情報をくれた。
「江坂公園で昔スピーカーから爆音で音ならしてたしチェロ弾くくらいは大丈夫やと思うで!!怒られるまでは!!」
なんと心強い。スピーカー爆音よりは、絶対にチェロのほうがマシだ。
石原さん、この辺りが地元とのこと。
石原さんのことは、私のなかではお兄ちゃんくらいの感覚で慕っているし、おそらく地元のことも聞いたことがあるのだ。大阪のこっちのほうやでー、みたいな。
しかし、すっかり忘れていた(ひどい)。土地勘のない場所の地名は、なかなかうまく覚えられない。
さて、弾くかと思い、スマホをしまったら、隣のベンチに座っていた上品なおばさまに話しかけられた。
つづく
旅10 (2018/06/11 noteより)
新大阪に着くと、人がどっと降りた。サラリーマン、OL、学生。当たり前といえば当たり前だが、みんな関西弁だ。
そしてみんな、エスカレーターの右側に並ぶ。
おお、関西に来た。だらだらと電車に乗っているだけで関西に来た。すごい。
あとで気が付いたが、関西を過ぎるとまた、みんなエスカレーターの左側に乗っていた。無意識にずっと、西日本はみんな右側に乗るんだと思い込んでいたので、逆に驚いた。なんでだ、なんで関西だけ右なんだ。
改札から出ようとして、東京からICカードで乗り込んだことに気がつく。生活圏内の癖で、何も考えずにICカードをタッチして、ここまで来てしまった。
「すみません、東京のほうからICカードで乗り込んでしまったのですが、出られますか?」
「新幹線の切符はお持ちですか?」
「すべて鈍行で来ました。」
なんとも言えない顔をされた。
「では、こちらで計算してICカードから引いておきましたので、このまま改札を出てください。次は切符を買ってください。」
優しく対応して、出してくださった。
実は、みどりの窓口が開いているようなら、「○○駅〜○○駅まで、在来線の乗り継ぎで切符を買いたいのですが…」というと、完璧な切符が手に入る。しかし、残念ながらこの方法を知るのは、数日後である。
少し離れたホテルに着いたのは、19時過ぎだった。チェックインをして、とりあえずシャワーで汗を流す。ようやく、ホッとした。
ふと、おなかが空いていることに気が付き、とりあえず外に出てみる。少し歩いてまわり、おそらくチェーン店であろう定食屋さんに入ってみた。
記憶が確かなら、鶏からと夏野菜の甘酢あんかけ定食のようなものを頼んだと思うのだが、その甘酢あんかけが無駄にしょっぱい。ほのかにたこ焼きソースの味にも近い。さすが大阪。なんでもたこ焼きの味なのか(偏見)。
あんかけを落としながら食べたのだが、それでもしょっぱかったので、お代わり無料ごはんの恩恵にあずかった。まさかのタイミングで、粉もんをおかずにご飯を食べる疑似体験ができた(偏見)。
おなかいっぱいになり、コンビニに寄るも、ホットのブラックコーヒーが見つからず、ホテルに戻る。
お湯をためて、浸かる。やっぱり洗顔料を持って来ればよかった。
髪をかわかして、パタリと眠ってしまった。
つづく
旅9 (2018/06/11 noteより)
5月21日 月曜日、朝8時過ぎ、家を出る。
これから約10時間、普通列車と快速を乗り継いで、新大阪までいくわけだが、もうすでに後悔する。
平日の朝8時なんて、満員電車に決まっているのだ。山手線はぎゅうぎゅう。そこに楽器と大きめのバッグを持った人が乗り込むのは、頭がおかしいとしか思えない。
品川から熱海へ行く電車で、すっかり人がいなくなった。しばらく座って、うとうとする。
横浜も越え、茅ヶ崎も越えてくると、遠くに来たなという感覚になる。普段 来ない方面は、近くても遠い気がしてしまう。本当は、青森のほうが何倍も遠いのに。
根府川駅から見える海が、とても綺麗だった。昨年の11月も、伊豆に遊びに来たのだが、海沿いをずっと運転してもらい、とても気持ちが良かったのを思い出した。
熱海駅で乗り換える。浜松のほうへ向かう。
いそいそと隣に座ったおばさまが、いそいそと話しかけてくださった。「あなた、チェロやってらっしゃるの?」
聞けば、ご自身もチェロをやっていらっしゃるらしい。もう10年ほど習っているが、いまバッハの3番が難しくて飽きちゃうわ、とのこと。
音楽の話や旅行の話をたくさんして、途中、富士駅と富士川駅の間の橋で、この電車では、ここから見る富士山がいちばん綺麗なのよ、と教えていただいた。晴れ渡った空に、本当に美しく映えていた。
手帳にサインをして欲しいと言っていただいたので、僭越ながら書かせていただく。乗り換えで、お別れ。短いけれど、とても楽しい時間でした。
またひとりになり、動画や写真をすこし撮った。何が写っているわけでもない、ごく普通の電車の風景。シンプルで、だからこそワクワクする。そしてまた少し、うとうとする。
地理に詳しくない私でも、豊橋駅と聞いて、愛知県に入ったんだなと分かった。持ってきたカロリーメイトをぽりぽりと齧り、お茶を少し飲む。
なんか、昆布とか、甘くないものも持って来ればよかったなぁと思い、試しに、荷物につめてきためかぶ茶をかじってみたが、ものすごく塩辛かった。
米原の駅で乗り換えると、また少しずつ乗客が増えてきた。
もうこのまま一本で、新大阪に着く。景色は仄暗くなり、帰宅ラッシュが近づいている。
つづく
旅8 (2018/06/10 noteより)
20日、日曜日の朝、青森はようやく晴れた。
起きたら、叔母はもう仕事に行っていた。
出発は昼過ぎとはいえ、早めに荷物をまとめておく。
冷凍の水草ガレイが、あまりにもたくさんあるので、東京の家に送ろうと思ったのだが、日曜日なので近所の運送業者が開いていない。
日曜日でもクール便を受け付けてくれるところを探す。なんとか、通り道で発送できそうなところを見つけた。
祖母に数曲聴かせる。
祖母は「バイオリンだのチェロだの、なんだか面倒臭いものだね」「チェロのほうが大きいから、詩織ちゃんのほうが(姉と比べて)大変だ」「でも、テレビで流れていると、たまに聴いたりするんだよ、嫌いではないんだ」などと言っていたが、一曲だけ「それはなんて言う曲?」と興味をもった。
「白鳥っていう曲だよ」
「静かでいい曲だねぇ。白鳥は、飛んでいるのかな、泳いでいるのかな…」
白鳥は湖ですいっと泳いでいる姿のほうが、美しいように思う。私が曲にするなら、泳ぐ姿だ。鶴だったら、翔ぶ姿も綺麗だろう。
祖母はしきりに、静かでいい曲だ、と言っていた。
お昼も過ぎて、父に荷造りするよう、軽く急かす。
荷物もまとまったので、じゃあ、帰りましょう、となる。
祖母が、あと何回くらい会えるかねぇ、と言うので、20回くらいだよ、と答えると、笑っていた。8月くらいに、またすぐ来るからね。
しばらく玄関に立って、見送ってくれた。
父は、とてもとても心配していた。こんなに、置いて帰ることに罪悪感を持ったことはない、と言いながら、運転する。
荷物も無事に発送できたので、駅近くのお店で、早めのお夕飯を食べる。レンタカーも返し、新幹線の時間を待つ。
東京駅に着いたのは、夜の8時半ごろだった。
父が「実家に来る?」と聞いてきたが、いや、今日は家に帰るよ、と答える。
父には一言もいっていないが、明日の朝からまた一週間、東京にはいないのだ。
つづく
旅7 (2018/06/10 noteより)
帰宅して、ごはんを食べ、少し離れたコンビニへ向かった。父のとった写真を、現像して、帰ってくる。
祖母に渡したら、にこにこと眺めていた。
みんなで映画をみる。父が、新しく買った中古ノートパソコンで、Blu-rayをみてみたくて仕方がなくて、わざわざノートパソコンとBlu-rayを持ってきたのだ。
カリフォルニア・ダウン、地震の映画だ。
祖母は途中で眠ってしまったので、叔母とやいのやいの言いながら観る。
映画が終わり、父と叔母は用事で出かけてしまった。
祖母とふたりでゆっくり話す。昔のことなど、思い出話を。あのとき、あんなことあって、楽しかったね。
私が高校生の時、まだ祖父が生きていて、祖母は祖父に辟易して、ひとりで東京まで遊びにきてしまったことがあったのだ。
祖母と靖国神社に行ってみたり、散歩したり、おまんじゅうを買って食べたりと、なかなかおもしろかった。
祖母が、もう詩織ちゃんと会えるのは最後かもねぇ、と言うので、8月か9月にまた来るよと伝えると、思いのほか早かったようで、笑っていた。
夜、叔母がアルバムがあったよと持ってきた。
うちの両親の結婚式や、両親と姉の写真、叔母の結婚式、いとこの写真もある。写っている祖父母は若い。もちろん、父も若い、母も若い。姉はまだ、おにぎり丸だ。
叔母が、詩織ちゃん、自分でお母さんにそっくりだなーって思うこと、ある? と聞くので、無い、と答えた。
私は母と、そっくりらしい。アルバムのなかの母は、私とそんなに年が変わらない。
叔母は、翌日は仕事があるのでと、早めに眠ってしまった。
祖母が、詩織ちゃん、明日は朝一で帰るの? と聞いてきたので、お昼過ぎまで居るよ、と答えた。
つづく
旅6 (2018/06/09 noteより)
その日の夜、叔母がきた。父の妹だ。
みんなでご飯を食べて、父と叔母は軽く、祖母のことについて話し始めた。
週一でもヘルパーさんに来てもらおうか、光熱費の振り込みを全て引き落としにしようか、など。
私は別室に行き、チェロを弾いたり仕事の連絡をしたりしていたら、眠ってしまった。
いまは週に二日、叔母が祖母の家にきて、話したり、食材や日用品の補充、管理をしたりしている。嫁ぎ先のお家のこともし、仕事もして、合間に来ているので、単純に疲れるだろう。
少しして目が覚めて、リビングに降りたら、叔母は先に眠ったようだった。
父に、お風呂に入るか聞いて、沸かす。祖母の家のお風呂は、自動で止まらないので、何回か見に行かなければならない。
外は雨が降っている。秋田は大変なことになっているらしい。大丈夫だろうか。
祖母が、「詩織ちゃん、勝ったよ〜。囲碁だがなんだかの中学生。」と言う。藤井七段だ。すごい。素晴らしい。でも、将棋だよ、おばあちゃん。
先にお湯をもらい、父にお風呂が空いたことを伝える。
祖母はテレビを見ながら、この監督は悪い顔をしているけど、悪い監督じゃないんだなぁ、と、また笑った。
翌朝、父に起こされる。
なんだなんだと思ったら、みんなで出かけるらしい。出かける準備をして降りたら、誰も出かける準備をしていなかった。
祖母と叔母が準備をするあいだ、父と一緒に、近所に住む遠縁の親戚に会いにいったら、大きくなったねと驚かれた。
この歳で大きくなったと言われるのもこそばゆいが、二十歳を超えてからも3cmほどは背が伸びているので、強ち間違いではない。
水草ガレイを大量にもらう。
家に戻り、祖母と叔母も車に乗り、鰺ヶ沢へ。雨が強い。
祖母も、ゆっくりゆっくり歩き、色々なものを見て回る。私も自分で買いたいものをいくつか買い、色々と見て回る。
各々の買い物が終わり、みんなで帰ろうかとなっていると、隅のほうに、少し大きなわさおのねぶたがあった。
祖母が、写真を撮りたいという。よく聞けば、詩織ちゃんと一緒に写してほしいとのことだった。
祖母と私と、叔母も並び、父が撮った。
つづく